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2015年を振り返って

大変ご無沙汰しております。最近も時々依頼者がブログを読んだと言ってくださることがあるのですが、如何せんあまりに古い投稿のためそういう時にどう応対して良いものか悩みます。 ブログをよく書いていた頃の自分と今の自分があまりにもかけ離れていて、例えるなら、昨年までのキムタクと今年のキムタク位に違うのでなんだかとても恥ずかしい思いです。 昨年は平和安全法制を国民に対しては平和的にではなく推し進めた政権との闘いにあっけなく敗れ、敗戦の傷も癒えずに年明けまで意気消沈していましたが、何とか今週位から体調が回復してきました。 それでは、毎年恒例となっている2015年のベスト映画(というかもうほとんど観た映画に近い)3本。 1.『黒衣の刺客』  監督 ホウ・シャウ・シェン  こんな綺麗な映像は見たことがない。ストーリーの読めなさと反比例して引き込まれてします迫力の演技と音響に脱帽。観終わった後の疲れも結構すごい。 2.『アクトレス ~女たちの舞台~』  監督 オリヴィエ・アサイヤス  この監督のパンチがなくなってしまったようにも思えるが女たちの葛藤をリズミカルな会話でうまくまとめている。 3.『ローリング』  監督  冨永昌敬  水戸を舞台にした、非常に身近な問題を扱った作品。コミカルでありながらシリアスなテーマであり、妙に人生を考えさせてくれる秀作。 色々見たかった映画もあるのだが、体調不良やデートやらでなかなか映画を見に行くことができなかった。 さて、最近の時事問題といえばゲスの極み問題やSMAPの茶番劇が取りざたされていますが、本当にどうでも良くて、これからはもうスマスマの時間はキスマイブサイクを繰り上げた方が良いくらいしか思わない。一方で池尻のデヴィッド・ボウイを自称していた私としては、デヴィッド・ボウイの死去はあまりにも残念でならない。 人生は好きな人や好きなものとの別れを経験していくプロセスだと思っているが、それは知人友人でなくても何か気になっていた人も同じだ。あの人は良い人だった、素晴らしい人だった、革新的な人だった、そんな誰かとの別れを繰り返していって終わる。昨年は尊敬する先輩で大瀧詠一さんを好きだった先輩も亡くなって感慨深いものがあった。 亡くなった彼らもスターマンとして空で私を待っていてくれる気がする。 ところで、自分はここのところずっと暗い。その理由の大半は平和安全法制を推し進める政権に手が出なかったことにあるが、やはりアベノミクスのトリクルダウンがいつまで経っても滴り落ちてこない、すなわち、自分の生活が上向いていかないことにあると思っている。今年は日弁連会長選があり、司法制度改革、合格者数についても争点になっているが、それは国会でやって欲しい。 以前、元日弁連会長が都知事選にでたときに原発政策の反対を掲げていたが、あれも国会議員に出てくださいと思ったが、なぜこうも選挙というのは争点がずれるのか。政策の戦いになっていない。司法研修所で徹底的に勉強した訴訟物理論をはき違えているのではなかろうか。おそらくは私のこのブログと同様、言いたいことが多すぎて何が言いたいのかわからない、だから不満だけ残る、そんなところではないだろうか。 夏の参院選では、やはり安保(戦争)法制の賛否が争点になるのかという見方が強いが、経済政策の成果・失敗や軽減税率(という名の増税隠し)、それともSMAPがやはり独立するのか等、何が争点になるのか本当に予想がつかない。野党連立といっても大連立とはおおよそ言えないし、あまり期待はできそうにない。イノベーションの起こらない国である。 そんな中でもやはり私も少しずつ自分を強くしなくてはならないと思う。だけどおそらく、It Ain’t Easy。 タツゾー

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