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第三の開国奴

先週は渋谷ユーロスペースにて映画「サウダーヂ」を見てきた。 かなりの傑作にもかかわらずそこまで混んでいないようなので,映画の告知をすると,この映画の舞台となっている山梨県甲府市は日本中の地方都市がそうであるように中心街がシャッター通りとなり,街を歩くひとはほとんどいない。そのかわりに休みの日に郊外のショッピングモールに行けば,平日は毎日顔を合わせている上司の家族に出くわしてしまう。この典型的な地方都市の光景は2000年の大店法廃止そして大規模小売店舗立地法の制定から加速的に進行したものであるけれども,この映画が光を当てたのは多くの報道番組が映し出すようなシャッター通りの地方都市ではなく,日本全体が直面している閉塞感であり,近い将来確実に訪れるであろう歪んだ国際化の姿だ。この映画の中で甲府市郊外に新たに大型ショッピングモールの建設が開始されても,地元の土方作業員には仕事がなく,廃業に追い込まれる。大企業やチェーン店の進出が地方都市の雇用は創出しないが,それでもその地に住む人々はショッピングモールにお金を吸い上げられることに疑問を持つことがない。 肉体労働の作業員や介護士,そしてホステスとして熱意をもって働き日本語を流暢に話す外国人労働者が増える一方,日本人の若者は家に引きこもり,無為徒食の生活を送る者が増えていく。この映画では,仕事を失った日本人がその理由を外国人労働者の増加にあると思い込んでいるが,一方の外国人労働者たちは,安い賃金でも働く環境がなくなってしまい,将来性を見出すことができず日本に見切りをつけて本国に帰って行く。 この映画は決してナショナリズム的ラッパー映画ではない。世の娯楽映画が与えるような明るさも希望のようなものも一切ない。政治家の言葉,政党のマニフェストは国民に希望を与えるような理想論を掲げるが,それが国民に一時的な期待を持たせるだけで,5年,10年後にはさらに市民の首を絞めつけて交代交代で政を行っていく。 すべての外国人労働者に戻るべき故郷があるわけではない。郷愁を感じるべき故郷をもたないのは外国人だけではなく日本人も同じになっている。この映画はこの十年の我が国の国政・地方政治に共通するお決まりの構図を,土木現場,ストリート,さびれたスナックの視点からリアルに描いた秀逸な映画だ。シャッター通りを歩きながらくたびれた中年の路上ミュージシャンに出会ったヤマナシノラッパーが吐き出すリリックは,人のいないシャッター通りでは,誰にも届くことがない。だから私たちはこの映画を観なければならない。 さて本日の日経は,5面(経済)より TPP国内議論に偏り 「農業」「医療」に集中 米は来月の大枠合意促す 11月12日にハワイで開催されるAPEC首脳会議を前に,日本政府の環太平洋経済連携協定(TPP)への交渉参加の判断をめぐる調整が大詰めを迎えている。日経新聞によれば,日本国内では農業,医療など個別分野についての利害に焦点が当たりがちで自由貿易の利益を享受するTPP本来の目的が見失われ,交渉参加への議論が遅れ,問題とのこと。今後政府・民主三役会議で方針決定をし,11月7日の週には方針の取りまとめがされるという。 また,記事によれば現状の国内の議論は関税撤廃による輸入農産物の影響をうける農業団体に代表される個別の利害関係者からの反発や誤解に基づているという。この数か月,TPPの話題は日経新聞を賑わし続けていたが,私は正直あまり興味がわかず流し読みだった。その理由がやっとはっきりした。要するに新聞記事というものは,あることに肯定的な論調だと人の興味を引くことがないようだ。最近やっと,銀座や霞が関にトラクターがやってきてTPP参加交渉抗議のデモが行われたり,京都大学準教授の中野剛志氏がユーチューブや特ダネで凄い論調でTPP報道を批判している姿を目の当たりにすることにより,マチ弁の私もTPPの是非について考えることとなった。 私がここでTPPに関する特別な問題を解説したとしても所詮知識の受け売りにすぎないので,農業に与える影響などは特に書くことはしない。 まず最初に言いたいのは,おそらく,この制度で貿易の自由化がされると恩恵を受けるのは製造業,小売業,商社,株式市場,そして大企業に広告欄を売って広告収入を得る日経新聞くらいであるので,TPP参加の議論の本質をつかむには日経新聞は不適であるということが分かった。 TPPの参加により日本の圧倒的多数の中小企業は外資企業と輸出拡大と海外生産コストを低くし収益性を高めた国内大企業との競争に敗れ,また,労働者は人件費の安い外国人にとって替わられ産業空洞化が起こり,地域経済のさらなる悪化がおこることはほぼ間違いない。一般人の受ける恩恵といえば,若干安くなる外国牛肉と外国米などを購入できるということで,確かにわかりやすく目に見える恩恵ではある。しかし,それが金科玉条として語られている自由貿易による恩恵だとすれば,消費者の恩恵というのははっきり言って大したものではないと考えるべきである。そもそも消費者感覚として食品や電化製品が高いなどという人間は極めて少数であり,やれ米が高い,肉が高いから消費を控えるなどという消費者はそうはいない(そのような一部消費者が関税障壁撤廃によって,物価に関する不満が解消するとは到底思えない)。 専門から外れるのでざっとまとめると(というか次の用事に遅れるので無理矢理まとめると),TPP参加交渉議論の問題点は,私は以下の3点だと思っている。 1 条約という法律に優位する法規の制定交渉であるにもかかわらず協定全体の説明をせず,TPPが輸出入の関税障壁の撤廃であると話を矮小化している 2 今後の交渉によっては参加見送りや関税撤廃に関する例外を設けることができるという誤った議論をしている 3 交渉に参加するだけで加盟するわけではないので,今反対する必要はないというが,条約の交渉参加の国際慣習上の意味についての説明が欠落している 日経新聞読者層というのは,金融関係者,朝満員電車に乗るタイプのビジネスマン,就職活動中または就職数年目で経済を勉強したいと考えているかけ出し社会人,多かれ少なかれ金融商品を買おうという意欲がある相対的特権階級層なのではないかと思うが,これらの読者が,TPPによる自由貿易が実際に日本にどのような利益を与えるかについても説明を求められても回答できる人間はほぼいないと思われるのであるが,おそらくTPPの枠組みで一番の問題は11章の政府調達の外国への市場開放による競争入札への参加要件の緩和である。これは国内産業に最も大打撃を与え,倒産,失業率の悪化,賃金の低下など,国民生活に直結する問題であるにも関わらず,おそらく多くの中小企業経営者,労働者層はTPPがこのような内容も含んでいることを知らないし,私が知る限りではマスコミも十分に説明していない。 今日の日経記事なんて「国全体で自由貿易の利益をどう享受していくか」という,一部事業者のみの利益を国全体の利益かのように説明し,国民の一部反発は誤解に基づく云々と書くなど,完全にTPP参加が国益をもたらすという結論先取りの偏向記事だ。 確かに,考えてみますと,日経は大企業と投資家を代弁する新聞で,「労働者の意見が知りたいなら赤旗」,「消費者の意見を知りたいなら毎日」,「平和主義なら聖教」というのは私も重々承知していますが,本当にTPPに関する日経の偏向記事にはがっかりしました。 そして,次の問題として,交渉によっては関税撤廃について例外をつければよい(おそらくこれは米などを予定している)という論調については,TPPがFTA等とは異なり,加盟国に強固かつ緊密な経済圏を構築しようとするものであるというそもそもの趣旨を無視した議論であり,楽観論すぎていつから日経さんはそんな新聞になったのですかと突っ込まざるを得ない。 最後に第3の問題だが,私も疲れてきたので,短くまとめると,交渉への参加ということの国際政治上の意味合いというのは私には良くわからないが,特ダネにでていた中野剛志准教授によれば,それは「婚約」に値するというのは国際政治の常識であるとのことだ。婚約を破棄すれば,大きな国交問題に発展することは目に見えている。 さらに,私が腑に落ちないのは,政府がTPP参加交渉についてあまりに拙速に方針決定しようとしている理由が,12月に大統領選を控えたオバマのお願いを聞き入れ,対米関係円滑化の切り札的としてハワイでのAPEC首脳会議で交渉参加を表明しようとしていることが見え見えであることだ。確かにハワイはオバマ大統領のの故郷だからハワイで日本とTPPの婚約をしたいとの気持ちはわからないでもない。 だけれど,私個人的な気持ちとしては婚約ならNYがいいなぁ。 タツゾー

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電気を大切にネ

東京電力に勤めている人にこのような質問をしたことがある。 「でん子ちゃんは『電気を大切にね』と言いますが東京電力的には、大切にされると電気料金の収入があがらないから良くないのではないですか?」 本日の日経は5面(経済)より 「電力25%削減」軽減探る 供給量上積み見極め 経産省、週内にも判断 今年の夏は東京電力管内での電力供給量不足が予想されることから、電気使用制限措置がとられることになっている。経済産業省は週内にも電力の大口需要家に対し、電力事業法の電気使用制限措置の瞬間最大使用電力25%削減の目標を引き下げるか判断するという。近頃、この電力使用制限措置が騒がれているが、私はこの措置が一体どんな措置かがよくわからなかった。 電力事業法27条はこのように定めている。  第二十七条  経済産業大臣は、電気の需給の調整を行わなければ電気の供給の不足が国民経済及び国民生活に悪影響を及ぼし、公共の利益を阻害するおそれがあると認められるときは、その事態を克服するため必要な限度において、政令で定めるところにより、使用電力量の限度、使用最大電力の限度、用途若しくは使用を停止すべき日時を定めて、一般電気事業者、特定電気事業者若しくは特定規模電気事業者の供給する電気の使用を制限し、又は受電電力の容量の限度を定めて、一般電気事業者、特定電気事業者若しくは特定規模電気事業者からの受電を制限することができる。 そして同条の「政令で定めるところ」の「政令」というのが電気使用制限等規則というものらしい。 この規則では、いわゆる大口需要家について「一需要設備についての契約電力が五百キロワット以上であるもの」と定義されている(1条)。 また、同規則は、制限の方法として、使用最大電力の限度設定(2条)、用途に応じた使用制限(3条、広告灯、電飾、ネオンサイン、ショウウィンドウ用照明設備のための電力使用制限) 、日時を定めてする使用制限(4条、平日や時間帯を決めて使用制限を行う)などを定めている。電力使用制限の実効性を担保する手段として、大口需要家等に対し、「経済産業大臣が指定する期日までに、それぞれ様式第一又は様式第二により、当該制限が行われた期間における電気の使用状況に関する報告書にその写し二通を添えて、所轄経済産業局長等に提出しなければならない。 」として使用状況の報告を義務付け(6条)、電気事業者から電力供給を受ける場合には「一の需要設備の受電電力の容量が経済産業大臣が指定する容量以上の受電電力の容量をもつて一般電気事業者等から受電をしようとする者又は現に一般電気事業者等から受電をしている者であつて増加しようとする受電電力の容量が当該指定する容量以上である者は、経済産業大臣が指定する期間においては、受電開始の三十日前までに、①  受電電力の容量及び受電開始の日、②  需要設備の設置の場所を所轄経済産業局長等に届け出なければならない。」として受電届出義務を規定する(7条1項)。そして届出の内容から「当該受電が電気の供給の不足をもたらし、公共の利益を阻害するおそれがあると認められるときは、その事態を克服するため必要な限度において、当該受電の開始前に限り受電をしようとする容量を削減すべきことを勧告することができる。」とのこと(7条2項)。 経済産業局長の勧告は行政指導であって強制力はないが、おそらく従わなかった場合には公表なども予想され、社会的責任の観点、マスコミのバッシングを恐れ、事実上の強制力をもつと思われる。要するに、この勧告はでん子ちゃんの「電気を大切にネ」とはちょっとわけが違う。 これまで節電は良いことと考えられていても、その理由はもっぱら節約目的くらいにしか考えられていなかった。私はもともと節電家だったのだが、あまり節電のことをがみがみいうと、「あの人はケチくさい」と女性からは嫌われる傾向があるような気がしていた。おそらく、節電が美徳と考えられるようにり、胸を張って節電をできるようになったのは、震災があってからだと思う。 地震後、でん子ちゃんのCMは放送されなくなってしまったが、節電が重要課題の今こそ国民的節電キャラクターのでん子を登板させるべきだと思う。出番がなくなってしまったでん子は、こんなことを考えているに違いない。 「でん子も大切にして」 タツゾー

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スローなブレーキにしてくれ

自転車運転中に前輪に障害物が入ると自転車が瞬時に進行を停止し、後輪が持ち上がってしまう現象を俗に「ジャックナイフ現象」という*。これは私が考える自転車運転においてもっとも危険な現象だ。自転車運転中に急に右(前輪)のブレーキをかけた時もほぼ同様の現象が起こる。地震が起こってからというもの、トップスピードで走ってきた我が国の経済社会に急ブレーキがかかってしまったようだ。 *「ジャックナイフ現象」の通常の用語法につきhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%95%E7%8F%BE%E8%B1%A1 本日の日経は6面(経済)より みずほ銀、未処理50万件 3日連続システム障害 復旧連休明けにずれ込み 不謹慎な表現かもしれないが、この未曾有の震災があったにもかかわらず、経済社会の混乱が今のところなんとかこの程度で済んでいるのは、地震が金曜日に起きてすぐそのあとお休みがあったからではないかと思っている。地震が金曜の午後に起こったのは不幸中の幸い(「幸い」だと言っているわけではない)だったと思う。被災地の方々は曜日感覚もなく救助を待っているが、少なくとも震災の被害が比較的小さかった地域の人々は土日をとおして心の準備をすることができた。休日がかなり重要な役割をはたしている。明日から3連休となるので、みずほ銀行さんには来週から正常化できるよう仕切り直しをしていただきたい。 この震災はトップギアで突っ走ってきた日本の経済活動に急ブレーキをかけ、今週から社会がゆっくりと進みはじめた気がする。 震災を逃れた人々も地震の前と比較して様々な不便を強いられている。地下鉄の直通運転も中止し、地震の前は1時間で行けたところに行くのに1時間半以上かかるようになった。 東急線の駅で乗車し、乗り換えをせずに東急線から東京メトロを通過し東武線の駅に降りることができたことは、すごいことだったのだと実感している。人は便利な生活に慣れるとそのありがたさを忘れてしまうものだ。 新聞記事によれば、みずほの決済システムがストップしたのは、地震後に義捐金を含め諸々の送金が立て込んだためシステムの処理能力を超えたことが原因のようだ。義捐金、募金といえば、一昔前は街角やコンビニの募金箱に入れる古典的なものしかなかったが、今はカード決済、電信振替、会員ポイントによる募金というものもある。本当に便利な世の中になったものだ。 システムが想定しているキャパシティーを超え今回のようなシステム障害が起きた時にハッとさせられた思いはまさにジャックナイフ現象の様。 今世の中はピリピリしている。 だれが悪いのか。たぶん答えは誰も悪くない。電力不足による計画停電も、計画停電を覚悟したのに停電が行われなかったのも、放射能の脅威も、入る予定の仕事がなくなったことも、店の売り上げの激減も、銀行の決済システムのパンクも、だれかが悪いわけではない。これ程の地震、津波を予見した者はいないし、未曾有の震災を予見することはできないからだ。これは天災なのであって、人災にしてはならない。天罰でもない。責任追及ではなく、相互扶助、損害の分担の精神が重要である。 日経新聞6面の下の段には地震保険で損保各社連携のニュースも報じられている。日本保険協会は被災者がどの損害保険会社と契約していたか分らなくなった場合、契約先ではない会社に問い合わせをしても案内できる体制を作るという。これはまさに保険制度の根幹をなす相互扶助の精神そのものだ。 飛ばしすぎていた日本社会が少しスピードダウンしていくことは必ずしも悪いことではない。早く帰宅していくお父さんたちの姿をみてそんなことを思った。ただ、もっとスローなブレーキにして欲しかった。 タツゾー

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