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弁護士高橋辰三は何の専門弁護士かというと

信じてもらえるか分からないが、実は私のブログのファンの法律事務所秘書が結構いる。先日も知り合いの事務所に仕事でお邪魔した際に、最近ブログの更新がないんですね、なんて言われたりもして、ブログの更新がないので心配になっている人も多いのではないかと思い、ブログを更新します。別に仕事が忙しい訳ではなく、遊びが忙しいからに他なりません。 さて、今日の東京新聞注目の記事は3面(総合)より 「専門弁護士制度」日弁連が創設検討   各地で反対 日弁連は相続や医療過誤など特定の分野に精通した専門弁護士を認定制度の創設を検討しているとのこと。同制度について日弁連は、依頼者が弁護士の力量や専門分野をわかりやすくすることで、得意分野を積極的に打ち出すことで顧客が増え、弁護士の経営難を打破するきっかけになると説明している。この専門弁護士として認定されるためには、3年以上の実務経験や、3年間で10件以上の処理件数、日弁連での20時間以上の研修を認定の要件とすることが検討されているという。これに対し、各単位会は「処理件数を増やそうと事件を粗雑に扱いかねない」「相談件数の少ない地方に不利な制度だ」と反対の声も上がっているらしい。 私自身も、もう嫌というほど「弁護士をされているんですか、何のご専門ですか」、と聞かれるが、専門なんてないというのが正直なところだ。この1年くらいは毎月4件くらい刑事事件を受任して月に2件は示談をしているから刑事事件は多くやっているし、個人的な付き合いで不動産関係紛争や契約書作成などは常にあるけれど、刑事の難解事件をうまく解決する自信はないし、不動産関係も専門的技能、知識を持っているわけでもない。ただ、個人的な興味(のなさ)からクレサラ事件とか、交通事故事件はあまりやらないので不得意だし、医療過誤、特許訴訟などは対応不可能だと思う。 そういうわけで、「何の専門弁護士なんですか」と聞かれると、色々やってます、とかしか答えないのだけど、そういう答えでは残念そうな顔をされたりする。最近では、「正直な話、あまり仕事はしていません。遊びに力を入れています」とか「ゴルフ専門になりたいです」なんて言って、その場は済ませている。 最近は弁護士業界も不況であることは間違いなく、黙っていては仕事もこないので、ウェブ広告を大々的に行っている事務所も多い。交通事故専門、離婚専門、税務訴訟専門と同じ事務所が謳っていることもあり、一体何の専門なんだ、と突っ込みたくなることもある。 この間見てびっくりしたのは、ナイトワーク法務という分野の広告で、銀座、六本木などの水商売特有の法律問題(店から日払い給与が支払われない、罰金を請求された)の対応をするという内容で、成功報酬が経済的利益の45%とか書いてあってびっくりしたこともある。大体にして、水商売特有の問題と言いながらも単なる労働問題、一般的金銭トラブルに過ぎないのに水商売関係の専門分野と括り高額な弁護士費用を依頼者の無知に乗じて取るような広告はどうなんだろうと思ったりする。しかもその広告をやっている弁護士は登録1年目とかで、いつそんな銀座ルールとか水商売法務に詳しくなったんだ、とまたもや突っ込みたくなる。 私も正直、スナックやその他飲食店のツケや風俗業務従事者と反社会勢力の金銭関係につき、事件関係者や個人的付き合いから詳しく知ることがあるが、水商売関係法務の専門なんて謳ったら、弁護士報酬をそういうところに使っているんじゃないかと思われそうで、全くやる気がしない。 とにかく最近は弁護士業務の広告市場は凄まじく拡大しているが、今日も、ウェブ広告の会社が毎月3件平均のペースで債務整理案件を紹介できるというサイトへの登録の営業電話をかけてきたが、私は知り合い以外の債務整理事件をやらないため、「業務多忙で今は広告にお金をかける気はありません」と話すと、「どこから依頼が来るんですか?」と聞いてきて、なんであなたにそんなことを話す必要があるんだ、と憤慨しそうになったが、とにかく最近も弁護士の業務獲得関係の営業電話が多くて、しかも営業電話の質が悪くウンザリする。 この際なので、書いておくと、私は顧客拡大が狙っていませんので、営業電話は止めて頂きたいです。あと、コピー機を交換する気もないので、コピー業者さんは電話しないで下さい。 さて、日弁連が創設中の専門弁護士制度だが、これも完全に無意味な制度で少なくとも市民のためにならないし、むしろ有害な制度であるとおもう。そもそも何件か経験すれば良い解決ができる程、法律紛争は定型的なものではないし、何件経験しても、イマイチ紛争解決をできない弁護士もいるし、専門弁護士と謳わないと事件獲得ができないのであれば、それは果たして、そのような弁護士に専門弁護士という肩書きを与えて市民にアクセスし易くすべきか疑問だ。 私は、○○専門とか○○が得意と謳って依頼者を獲得することは弁護士業界内の競争として、各人が自己責任で自由にやれば良いとおもうが、日弁連が研修などを課して認定する問題ではないと思う。そもそも本当の有能な弁護士は営業活動なんてあまりしていないし、そういう弁護士こそ、弁護士会が推薦すべきであるが、そんなことをしてはますます仕事の来ない事務所には依頼が来ず、業界不況が深刻化する。 何の専門なのか、というよく一般の方から聞かれる質問に話を戻すと、私はそれなりに事件数をやっている訳だけれど、専門なんて本当にない気がする。 それでも、度胸と誠意があったので大体の事件はそれなりに解決できていると思っている。私は以前にも増して、最近ますます仕事をする時間が減ってきたが、それはひとえに事件解決スピードが速くなったからであって、それは私だけでなく依頼者にとっても素晴らしいことだと思っている。 受任事件数を無理に増やすことはせずに業務時間には常に余裕をもたせることにより、急な依頼にもすぐに対応できるくらいがいいと思う。私は弁護士は業務量は少し足りない位の方がいいのではないかと考えている。そのくらい時間に余裕がないと、受任中の事件への対応がおろそかになりかねない。そういう意味で、私は現在進行形の事件の依頼者のことを専門的に取り扱う専門職でありたいと思うし、ある分野の専門家または多分野の専門家を謳うようにはなりたくない。事件数が常時50件とか、100件とかそういう弁護士もたくさんいるが、私は、あまりに忙しくして、ストレスが溜まってそうな人間には、紛争処理を依頼したいとは思わない。 そんなこんなで、私、タツゾーは、今度「何の専門弁護士ですか?」と聞かれたら「あなたの専門です♡」とか言ってみようかと思っているが、そんな事言ったらますますオバサンにモテちゃって仕事する時間がなくなるからやめておく。 タツゾー

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ロックな人には憧れますね

つい二月前、渋谷で街頭ライブを行い義捐金の募集をしていたロック歌手の内田裕也氏が前の交際相手に復縁を迫るためマンションの鍵をunlockして侵入するなどして逮捕された。世の中には聖人君子なんて存在しない。裕也さんには、今回のカギ破りの逮捕にめげず、これからもロックで型破りな活動を続けて行っていただきたい。 さて今日の日経は、3面(総合)より 東電支援、くすぶる難題 原発賠償 枠組み決定 「債権放棄」発言 調整不足、市場に波紋 東電の原子力発電所事故の損害賠償について政府は13日、東電の賠償責任と電力の安定供給の両立を目指すため支援の枠組みを正式決定した。その枠組みは、 ①新規立法で東電支援のための機構を設立 ②国は機構に交付国債を拠出し、支援財源にする ③機構は東電に融資や資本注入を行い、東電が賠償負担で債務超過に陥らないようにする というものらしい。 枝野官房長官の債権放棄発言により、銀行株が軒並急落したという。この発言の趣旨は必ずしも明確ではないが、最近感じるのは、とりあえず記者会見で提言し、既成事実・世論を作り上げようという確信犯的であり強引な政治手法を使い過ぎているということだ。 最近やたら債権放棄(民法上の債務免除)という言葉を耳にする。二重ローン問題でも、政府や識者が「金融機関は債権放棄をしろ」といっているが、現実問題としては債権放棄なんてそんなに簡単なものではないし、二重ローン問題に関してはそうすべきではないと思う。被災者救済が重要なのはその通りであるが、損失を民間の一企業である金融機関にしわ寄せさせること、債務者間の公平の問題もあり、債権放棄が実現可能なのか疑問であり、さらに突っ込んでいえば、個人的には不当だと思っている。ありうるとしたら,債務者間において衡平を保つことのできる債務引き受け機構の創設などがあるべき姿ではないだろうか。 債権放棄の問題以上に、異論を持っているのが、政府が進めようとしている原発賠償の枠組みの正当性である。東電の経営安定を目指した支援枠組みというが、個人的には原発賠償に関する政府の対応には疑問を感じている。 私がかねがね思っている問題点は、政府が今回の津波による原発事故について、原子力損害の賠償に関する法律3条1項ただし書きに該当しないことを前提として様々な枠組みを作り始めていることだ。 原子力賠償責任法第三条  原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。 政府が協議している原発賠償の枠組みは、今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」にあたらない、ということを所与の前提としているが、このことに問題はないのか。私は原子力事故については正直申し上げて無知なので、発言に自信はないが、素人的感覚からすれば、今回の地震・津波が「巨大な天災地変」に該当しないという解釈は常識から離れているのではないかと思う。今回の地震は国土が変わるくらいの文字通りの「天災地変」であったことはだれもが認めるところだ。世の中は、政府、世論、マスコミが一丸となって、「反原発」、「反東電」モードであるが、この風潮は、第二次世界大戦に突き進んだ時に似ていると思う。政府は今回の地震・津波が、賠償責任法3条ただし書きに該当しないと決めつけているがこれはそれほど自明なものではない。これに対する異論は当然出ているにもかかわらず、マスコミも光を当てていないし、議論もされず、国民全体への説明という視点が欠落している。 政府は、これまで進めてきた原子力政策への批判の矛先が政府ではなく、東電に向かうように全力で動いている。確かに、政府の対応は、放射線の被害にあった人々の救済に向けられたものである。これは不可抗力で、被害者は一切の賠償を受けられないと言ってしまえば、暴動が起きること必至だったと思われる。すなわち、原子力事業者に損害賠償責任が認められなければ、政府補償ということにもならず、結局被害者は泣き寝入りとなるからだ。政府の対応が政策として間違いというわけではないのだろうが、東電に無制限の賠償責任を負わせるべきという現在の方針にかんがみれば、やはり疑問がある。私は別に左でもなんでもないのだが、原発事故に関する政府、マスコミの現在のあり方はかなり危険だと思っている。原発賠償の責任分担については政治的利権や大人の事情のかかわらない、司法判断に期待する。 先日東京弁護士会の会長の話を聞いて、「弁護士の独立」の意味について考えていた。今年の会長はなんというか反骨精神をお持ちの方でひそかに憧れている。弁護士というものは誰からも拘束されない独立性が保障される職業なので、私も逮捕されない程度にロックな提言をしていかなければならないと思った。 さて、約半年にわたって掲載を続けて参りましたこの「若手弁護士タツゾーのじじブロ 日経新聞を読む」ですが、私の額も後退し、いつまでも若手と言っていられないので、本エントリーを最後に終了させていただきます。あたたかい応援どうもありがとうございました。しばらく休みまして、違った形で再開しようと考えていますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。 次は、「アラサー弁護士タツゾーのブログ、聖教新聞を読む」とかそういうタイトルにして読者層のさらなる拡大に挑みます(嘘)。 吉祥寺にオープンした「公園通り法律事務所」の開所パーティーに参加して、内祝いでいただいた、とても素適なフォトフレーム。 写真はスナック仲間と私。 タツゾー

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最後のご奉公は首都機能移転でお願いします

東北地方で起きた大地震のため東京も交通網が停止した。地震に脆い都市であることが露呈した。評論家が次々とテレヴィに出演し、日本における地震の脅威について説明している。 さて、今日の日経は8面(総合)より 石原氏が出馬表明  都知事選「国家破綻に危機感」 11日午後、都議会の最終日において石原慎太郎都知事は四選を目指して4月の都知事選に立候補することを表明した。出馬理由については国家破綻への危機感と強調し、「日本の心臓部、頭脳部である東京が混乱し破綻することは、国家の喪失につながりかねない。身命を賭して最後のご奉公をしたく決心した」と話したという。 都知事選への出馬について、石原氏は高齢による心身の衰えを理由に不出馬の意向を固めていたといわれていたが、自民党の強い説得を受けて出馬を決意したようだ。前言を翻しての出馬表明に、多選批判が出るのは必至だろう。まさに「嵐を呼ぶ男」。 個人的な意見としては、「(オイラはドラマー、)俺がやらなきゃ誰がやる」的な感じで出馬を決心したことは感心する。三期12年にわたり、手腕を発揮し強いリーダーシップをもって都政をまとめ上げ、歯に衣着せぬ発言の一つ一つに責任を持って行動した石原氏は、他に類を見ない政治家だと思う。 確かに長年にわたり首長として都政に携わっている者の選挙への立候補には立憲民主主義において若干の問題が生じる。すなわち、日常的行政活動が選挙運動となり有権者の支持が蓄積され、選挙の実質的な競争性が阻害されるという問題である。その意味では多選制限や多選に対する対立候補からの批判は、正当なものだ。かといって、現に禁止されていない立候補を止めることはできないし、選挙民が望む候補の立候補を批判したって仕方がない。多選しようとする現職首長に問題があるのであれば、リコールという手段も用意されているし、阿久根市の例のように、それは実際に機能もしている。 国政においてリーダーシップのある政治家が不在で、国政が混乱を極めているなか、石原氏が自らの12年の都政を振り返って「政治家としての欣快、男子の本懐であります」と発言したことは、彼がいかに突出した政治家で素晴らしい功績を残したかを示すものだと思う。最近の首相たちの去り際と言ったら、、、 石原氏は4年前、東京オリンピックの招致、築地市場の移転を掲げて出馬したが、その時も「東京に最後のご奉公をする」と語っていた。対立候補であったもと宮城県知事の浅野四郎氏をやぶって当選し、三期目が、最後の奉公のはずだったが、四選を果たせば、今度こそ「最後のご奉公」をすることになる。石原氏は11日の都議会で築地市場の豊洲への移転経費を盛り込んだ予算案を可決させた。石原氏の希望していたオリンピック招致はかなわなかったが、私は五輪招致には反対だったので、東京が落選したのは良かったと考えている。 2007年の都知事選には、忘れてはならない対立候補がいた。石原氏と親しい建築家で、「議会無視、側近政治、無意味な五輪招致など目に余る」と共生新党を立ち上げ都知事選に出馬表明した黒川紀章氏。彼は、五輪招致に反対し、東京からの首都機能の一部移転、地震に強い国際都市構想をマニフェストとして掲げていた。 来月の都知事選には、元タケシ軍団や発明家、居酒屋の社長など実にヴァラィエティ豊かな候補者が出馬するが、私としてはぜひ黒川氏にも出馬して欲しかった。地震に脆い東京都に対して、石原氏がするべき「最後のご奉公」は、首都機能の一部移転ではないだろうか。「過去への冒瀆」などといっても、背に腹はかえられない。国家破綻に危機感を抱いているのであれば、本腰を入れて取り組んでもよいのではないだろうか。 震災による帰宅困難者のニュースを見てそんな事を考えながら、私は亡き黒川氏のことを思い出している。 タツゾー

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