僕の中の狼少年

最近ブログにキレがないとか、更新頻度が減りましたね、と各方面からご意見を頂戴している。

さて本日の日経は38面(社会)から

論点・争点メディアと人権・法 ネットの震災デマ削除 国の要請、実効性検証を

東日本大震災の発生直後からインターネット上に流布したデマ情報の対策として警察が書き込みの削除依頼に踏み切ったこと、4月には総務省が通信業界に削除依頼への対応を要請するに至ったことが紹介されている。
削除依頼はあくまで管理事業者への自主的削除の依頼にすぎず公権力による表現に対する強制的な制限ではなく①任意の依頼、②削除するか否かは事業者の判断にゆだねるという「二重の防壁」があるとの説明がされている。表現の自由に対する二重の防壁という意味だろうが、考えようによっては、表現の自由に対する制限だが、侵害と判断されないための二重の言い訳のような気がする。

公権力がこのような表現の削除依頼を行うことについての法律上の根拠はない。個人的には、ある情報はデマで、ある情報は正当だ、として公権力が情報統制をすることはかなり危険なことだと思われる。政府提供の情報だって本当に正しいのか疑問だったりするのだから、余計そう思う。
公権力による削除依頼には憲法が禁止する検閲に該当するのではないかという問題もある。結論的に言えば警察の削除依頼は、あくまで「依頼」であり、発表の禁止ではないし、削除するかは事業者の自主判断であり、公権力が削除するのではないから検閲には当たらないということになる。削除要請された情報が有害情報であるという相当の資料があれば、事業者による削除措置が不法行為となることもないものと思われる。とは言っても、やはり有害情報への対応は、対抗的な注意喚起情報提供による情報の淘汰に期待すべきだ。建設的な提案としては、政府による公衆へのデマ注意の広域伝達手段を充実させるべきだろう。例えば、デマキーワード連動型注意喚起広告手法や、総務省によるデマ注意喚起ツイートアカウントの取得なども検討されてよい。

地震直後に石油会社の製油所が爆発したことに関し、不実情報(いわゆるデマ)が流れたことは有名だが、その時はその情報を削除することではなく、デマが流れているという報道を通じてデマ情報に気をつけろとの呼びかけがなされた。有害情報に関し、その情報への注意喚起するための対抗情報を提供し、市場原理による情報の淘汰の試みといえる。思想・言論の自由市場という言葉があるが、有害情報への対応はこのような対抗言論措置によるべきが本筋といえるだろう。
この記事では、ヤフー社は法律上の根拠が説明できない以上、自主削除の依頼に応じようがないとして、省庁からの削除要請を業界団体のホームページに集約して公表するという対応をとっていると紹介されている。

ツイッターなどのソーシャルメディアが流行しているのは、生の声の表現発信が自由にかつ容易に行うことができるからである。日本は、中国がgoogleに検閲措置をしようとすることについて民主主義が身についていないと批判的に報道しているが、今回のような公権力による有害情報の削除要請は表現の自由に対する同様の脅威であるかと思われる。情報が危険・有害かは、国家が判断すべきものではなく、情報の受け手の取捨選択にゆだねられるべきであるからだ。

ツイッターの利用規約には次のような条項がある。

 『本サービスは「現状のまま」提供されます
 ユーザーは、ユーザー自身による本サービス又はいずれかのコンテンツへのアクセスと利用に伴うリスクを自ら負担するものとします。ユーザーは、本サービスが「現況の姿のまま」ユーザーに対して提供されることを了承します。上記を制限せずに、Twitterとそのパートナーは、商品性、特定目的適合性、又は無侵害の担保責任の一切を、明示であるか黙示であるかを問わず排除します。弊社は、本サービス又は本サービス上の一切のコンテンツの完全性、正確性、入手可能性、適時性、安全性又は信頼性を一切担保せず、その全責任を排除します。ユーザーが本サービス又はいずれかのコンテンツにアクセスしあるいはこれを利用したことが原因でユーザーのコンピュータシステムに害が発生し、データが失われ、又はその他の害が発生した場合、Twitterはその責を一切負いません。また、ユーザーは、本サービスの維持するコンテンツ及びその他の通信内容の削除、又は保存あるいは送信の不成就について、Twitterがその責を一切負わないことを承諾します。弊社は、本サービスがユーザーの要求を満たすものであり、又は絶え間なく、安全にあるいは誤りのない状態で提供されることを一切担保しません。Twitterから又は本サービスを通じて獲得された一切の通知あるいは情報は、口頭であるか書面であるかを問わず、本書において明示的に為されていない一切の担保を創出しません。』

ツイッターはユーザーのツイートを現状のまま流すことがその本質的なサービス内容だ。そのようなコンセプトのフォーラムにおいては、世の多数派により内容が有害、誤りであると判断されたとしてもそれを削除する必要は全くない。ツイッターが警察の削除要請に応じるとしたら、このサービスの根幹を否定することになる。ツイートというものは、そもそも、正確情報を流すためのサービスではないのだから。

嘘ばかり話す少年はいつの間にかだれからも信じてもらえなくなった「狼少年」の話がある。デマを流している人間に対して社会が警戒するという営みはいつの時代にも存在する。「狼少年」でも社会は、少年のいうことは信じないという対応をとるのが正当なのであって、村長がその少年に発言を禁止したり、コミュニティから退場させるというのはあるべき姿ではない。

それよりもよっぽど心配なことは、権威があると考えられてきた組織が狼少年みたいになってきたことではないかと思っている。そうであるなら、余計に公権力からの削除依頼になんて応じられないと考えるのが、管理事業者の思いではないだろうか。
いつか総理大臣があまりマスコミの前に姿を現さなくなっているときにデーブ・スペクター氏が、「総理はいま四国にお遍路に行っている」とつぶやいていたが、そういうデマが公権力から削除要請されるようになったらこの国はおしまいかもしれない。
やはりキレが悪いのでしばらく更新を休みます。

タツゾー

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